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さよなら……私の乳がん vol.82

運命の2時間後のこと。手術に臨む時に考えていたのは「今から2時間後には、私の体から乳がんがいなくなっている。」という事だけでした。

 

 

『時間が過ぎる事の有り難さ』を噛み締めていました。『時間は、ゆっくり流れた方が嬉しい』と思う事の方が多いかもしれません。ですがその時ばかりは、2時間後が待ち遠しく、緊急なトラブルが無いようにと祈り、2時間後には、長く生きる確率が急激に上っているという不思議な感じがしていました。

 

 

「自分で自分の手術なんて出来ない。(血まみれになりながら、自分の体を切って縫い合わせるなんて不可能。もちろん、麻酔も手術も出来ませんが。でも考えてみたことはあります💧)医師の存在。医療従事者の方々のお陰様。安全で清潔な環境がある事への感謝。

 

 

「本当に本当に、 生まれてきて良かった……」そう心の中で思いました。本当は感謝を沢山伝えたかったけれど「ありがとうございます。」と言う事しか出来ませんでした。手術台の上ではスマイル先生と少し会話を交わしながら麻酔が効いて意識を失うのを待ちました。意識を失う時も、少し笑顔だったと思います。

 

 

しばらくして起こされ、目が覚めて目に入ってきた光景は、ベッドの周りを微笑みを浮かべた家族が取り囲んでいる景色でした(この時点で安心しました)。そして笑顔のスマイル先生から「画像に写っていたガンは全て取り除く事が出来ましたよ♪断面にいるかもしれないので調べる検査にもう出しましたからね♪」その言葉を聞いて凄く安心して……今度は気持ちよく眠りにつくように意識を失ったのを覚えています。

 

 

 

さよなら私の乳がん……

私は無事に乳がんの手術を終える事が出来ました。

 

 

その後はよほどの何かトラブルが無い限り2週間後の退院予定でした。所が私には色々といいアクシデントが起こり40日間の入院生活を送る事になりましたが、元気に退院することが出来ました。

 

 

乳がんでの入院はその時点でも合計200日以上に及んでいましたが、術後は今迄と全く違い気持ちは晴れやかで、入院時間は穏やかにゆったりと流れていました。体に乳がんが無い状態。長い間心配な事があったのに、急に無くなった(消えた)という事はかなり心の負担を軽減してくれました。

 

 

その入院中、病室のテレビ特番で、田中好子さんが乳がんで亡くなられていたと知りました。(その前年だそうですが、初めて知りました。)平気で見れる心境では有りませんでしたが、私はしっかりと目に焼き付ける事を選びました。入院中の乳がん手術後の方々は、気分的に見れなかったと言っていました。

 

 

田中好子さんの、辛い時期に付き添われながら歩かれておられる姿や弱々しい声など……術後の病理検査が出る前だったので、数ヶ月前の私の姿と被せ、私の直ぐに転移してしまう可能性など心配しながら見入っていました。

 

 

それでもしばらくは元気に過ごす事は出来るでしょう。またたとえその元気な期間が短かったとしても手術成功出来て普通に過ごせる時間を与えられた事だけでも感謝しても感謝しきれない気持ちでいっぱいでした。