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『余命一ヶ月宣告』された日 vol.68

私「先生。じゃあCEFを効果が有るかどうか試して効果が確認出来れば、効果が無くなるまで使い切ってまた次の抗がん剤を使えば、いいんじゃないですか?」私は、一か八か、抗がん剤をやり尽くす勢いで確認しました。それでもスマイル先生の表情は曇ったままでした。こんなに患者が治療に対して前向きな発言をしているのにと違和感を感じていました。するとスマイル先生はこう言われました。次に試す抗がん剤の種類は有るけれど効果は2番目。もしかしたら全く効果がないかもしれない。でもそれ以前にそもそも私の体の全身状態は、抗がん剤治療に耐えれる状態では無いと……

 

 

私「わかりやすく言うと、どんな状態なのですか?」スマイル先生「……次の正月を迎える事が出来ないかもしれない状態です。」私「……次の正月って、いつですか?年明けて?今日は、2011年の1117日ですよ?あと一ヶ月くらいしか無いじゃないですか!?……それってもしかして『余命一ヶ月宣告』という意味ですか?」スマイル先生「……はい。そうです……その言葉を聞いた瞬間、私は『時』が止まるのを感じました。しばらく考えてから、こう尋ねました。

 

 

私「でも、先生。CEFがめちゃくちゃ効いて、6本打ち終わる前に手術可能な状態になれば、手術出来るって事なんですよね??」スマイル先生「もちろんそうです。手術可能になれば、いつでも手術しますよ。」私「……分かりました。」私は、一旦持ち帰って、冷静に作戦を立て直そうと決めました。そして、帰宅後『余命一ヶ月宣告』を家族に伝える事にしました。

 

 

 

20111117日の夜。

帰宅してから、お昼の乳腺外科で『余命1ヶ月宣告』を受けた事を娘に報告しておかねばと……8畳部屋の真ん中で布団に横たわる、ミイラのように痩せた末期状態の私は、娘の帰りを待っていました。気持ちは、50%50%『死たくないけど、死を受け入れる準備も出来ている』そこへ、当時高校3年生だった娘が部活を終えて帰ってきました。

 

 

私「あのさぁ、今日 病院に行って来たっちゃけど………娘「で、どうやった(半月前まで通ってた病院では、「切ったら治る」と言われていたのです。ですから少し切り出しにくい私でした……私「ママ……『余命1ヶ月』って言われた……娘「やけん、うちが言ったやん抗がん剤せないかんって‼ママが言うこと聞かんけんやん……そう言うと、へたり込んで大声をあげて泣き出してしまいました。私「ごめん。ママが悪かった……

 

 

ひとしきり泣いてひと段落した娘が、話しかけてきました。娘「ってゆーか、むしろママ、どうやって死ぬん」と。「むしろ、どうやって亡くなるのか、なんで聞いてこんの⁉」私は布団に寝てる状態では有りましたが、トイレとお風呂には何とか歩いて行っていて会話も出来ていたからだと思います。咳が酷くて小さな声で途切れ途切れで話すのがやっとでしたが……

 

 

私「今、意識あるうちに生前葬しとこっかな?最後にみんなの顔を見たいし……バラバラで合うのは無理やし。(そうこう色々考えているうちに)まっ 、色々考えても仕方ないかぁ……抗がん剤打ってるし、効果を待つだけやし……(体の自由が無い中でも )やりたい事やろう(開き直って生きているうちに)外食にでも行って、景気づけしよう‼「何が食べに行きたい??」

そう家族に尋ねると速攻で娘と母「焼肉~!!!」と返事が返ってきました。

 

 

私は、乳がんになる何年も前から動物性タンパク質を避けた食生活を送っていました。私が作る料理は、野菜中心だったのでそう返事が返ってきたのだと思います。私「あのさぁ……普通、ガン患者に『焼肉に行こう!』とか言わんくない?」娘「大丈夫ってぇ~ ママ死なんって~(笑顔)」私「信じられん……けど 死ぬかもしれんちゃけん……やっぱり 焼肉 食べに行こう!!」娘と母「やった~!!」

 

 

なんと、余命一ヶ月宣告された日の夜の食事は、わざわざ、タクシーを呼んでまで焼肉屋さんに出かけたのです。そして決起大会の乾杯をしました。

 

 

「どうやったら、この難題を解決出来るのか……私だけが不安そうな表情。娘と母は、久しぶりの焼肉に満足いっぱいの笑顔でした。実際に焼肉が運ばれて来ると、段々と私のテンションも上がりファイトも湧いてきて作戦を練り始めながら、思いもよらず美味しくとても良い時間を過ごす事が出来ました。