activitiesNeo・ミーナ回想記 2018

31【危険な健康法……個別治療】

乳がん腫瘍の塊は大きくなるにつれて、私の胸や脇から血管も神経も、不自然に引っ張っていきました。 中身がギッシリと詰まった塊は凄く重くて、まるで鉛のようでした。身体中の重さの比率で言うと1番だったと思います。   […]

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32【泣かせた記憶……大切なガン友を。】

「私の乳がんは治る」そう思い込んでいたので基本的には普段と変わらず元気でした。 むしろ、明るく生き生きとしていたかもしれません。 そんな姿が「なんだぁ~ 心配して損した。」「本人は、全く落ち込んで無いんだ。」と思われ、そ […]

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33【初めのお別れ。……大切なガン友と。】

私の体が、金縛りにあったように急に動かなくなったのは『東日本大震災』の数日前でした。 以前のように、普通に歩ける日常を送れない状態。基本的にはベッドで寝て過ごす日々が始まりました。 痛みのせいで夜が眠れないせいで、昼間は […]

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34【人の断捨離。……環境作り】

乳がんを患っていると分かってから 少しづつ、友人や仕事関係者に伝えていきました。 反応は涙を流してくれる友達もいれば、傷つく言葉を投げかける人もいました。     相手は悪気は無く言っていたり慰め元気 […]

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35【環境作り……物の断捨離。】

私は家の大掃除もしました。 体は痛かったのですが、1人暮らしをしていたマンションを引き払いました。 1年間しか住んでいなかったので、必要最低限の物と大切な物しか置いていませんでした。 それでも暮らせていたということは、実 […]

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36 【代替療法の待合室で……通院の苦労】

次の治療を受けるために一旦退院しました。 帰宅してみると実家の有り難さが身に染みました。 お風呂に好きな時間に何度も入れて、『食べたい物を食べたい時に食べる』行為は最高でした。大変美味しく感じ体が欲している証拠だと思いま […]

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37 【手術拒否……褒められる】

待合室で数時間待ち、やっと診察室に呼ばれました。 その巨大病院の医師は、見るからに西洋医学と東洋医学を極めたような 長年のキャリアと実績がありそうな……しかも優しそうで仙人のように見える独特のオーラを放つお爺さんの医師で […]

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38【無抵抗な患者……抗がん剤の決断】

大ベテラン医師は、次のように言いました。 「あなたは酷い乳がんだから、抗がん剤をしましょう。副作用が全くない抗がん剤だから安心していいよ。髪も抜けないし気分も悪くならないから。心配しなくて大丈夫ですからね(笑)今日は温熱 […]

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39【ガンを料理する?……マイクロウェーブ温熱療法】

初診の日から『例のマシン』体験はスタートしました。 ドキドキしながら大ベテラン医師の助手に案内され『ガンを縮めるマシン』がある部屋へと案内されました。     当時その部屋は、まるで『倉庫』のような状 […]

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40【抗がん剤デビュー……闇雲】

私はとうとう、拒み続けていた続けていた『抗がん剤』を打つ事になりました。     「今まで、乳がんがどんなに痛くても絶対に抗がん剤だけは『治療の選択肢』の中に入れていなかったのに…… 『ガンを切らずに […]

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